○本社・舞鶴工場
【舞鶴工場】
 舞鶴工場は、昭和25年、わが国最初の《ようりん》メーカーとして当時の最重要課題であった食料増産政策にのっとり、2,500kVA電炉2基により《ようりん》の生産を開始、翌年には電炉1基を増設するとともに、昭和29年には苦心の末、重油を熱源とする平炉操業技術を確立、今日の弊社平炉技術の礎が築かれました。その後、昭和43年に2号平炉を新設、しばらくは電炉・平炉両方法による生産体制を続けておりましたが、昭和51年に1号平炉を休止、昭和55年には電炉による生産を休止し、平炉1炉生産体制となり、現在に至っております。
 また、昭和57年には平炉の熱源を重油からオイルコークスへ転換する技術を開発、同年業界に先駆けて《粒状ようりん》の生産にも着手し、機械まきの普及やBB肥料及び複合一粒化肥料への展開等に関するご要望にお応え致しました。
 尚、新規事業として小型鉄塊(昭和34年)やカーバイト(昭和35年)、フェロニッケル(昭和45年)の製造等に取り組んだ時期もありましたが、現在ではいづれも生産を中止しております。
 「会社沿革」にもあります通り、現在のようりん年生産は5万トンを切る水準にまで落ち込んでおりますが、平成12には、長年に渡り蓄積してきた技術により、高ケイ酸質肥料「とれ太郎」の量産技術を確立、現在その普及に全力をあげております。
【本  社】
 会社設立当時、本社は東京都港区に置かれておりましたが、昭和27年には東京都中央区へ、昭和41年には電気化学工業株式会社本社のある東京都千代田区の三信ビルに移転、昭和60年には舞鶴工場内に本社機構を全面的に移し、現在では舞鶴工場と一体的な運用を行っております。